出来たてCha Siu Baau
ホーム » HKLF » 続・私の港女論
続・私の港女論

続・私の港女論

家の近くのお気に入りのレストラン。
静かな佇まいが好きで、ついつい足繁く通ってしまうこの店にあって、
私の隣のテーブルだけが異色の空気を放っていた。

香港人同士の若いカップル。

女の方は、明らかに港女に区分される類の女。
最初こそ静かにいちゃいちゃしていたものの、二人でiPhoneのゲームを
始めるやいなや店中に響き渡るようなバカでかい声でシャウトを始める。

私が横に座ってるっていうのに、食べカスなんかも思いっきり
こっちに向かって払ってくるという傍若無人ぶり。

ふと彼女の隣を見れば、港女にサーブすることこそが自分の天命だと
信じて疑わない宦官みたいな体の賢者が座っている。
女がどんな暴挙にでようと常に笑顔。忠犬みたいな表情を崩さない。
一定のルックスを持つ港女には買一送一式にセットになってくっついてる連中で、
当然、こういうヤツが自分の女をマネージする力なんて持ってない。

香港の行き過ぎたレディファーストを象徴するような存在、港女。
更に言うと、可愛くないヤツのほうが異常行動指数が高いからマジで手に負えない。

港女の描くレディファーストの世界

たまに日本出張時に自分の国に帰ると、日本の女性たちがあんまりにも
レディファーストされなれていない、という様子に少しビックリする。
これは奥ゆかしさが美徳とされる日本人の性質に裏打ちされる特殊事情で
そんなの世界的スタンダードだとも何とも思わないが、逆にまたここ香港で
港女たちが定義したがるレディファーストにも同意はしかねるところだ。

私たちが日常生活をする上で、物理的に女性に不利な情況というのは発生するもので、
そこは当然に男性が何も言わずに優しくフォローアップするべき。
これはレディファーストうんぬんというよりもっと基本的な道徳として
議論の余地はないはずだ。

しかしながら、それ以外のエクストラなサービスに関しては、
男性側にもレディファーストするか、しないかという権利は一応残っている、
と私は解釈している。

我々だって、「この女性にはレディファーストしてあげたいな」と思わせるような
佇まいの女性にはすすんでドアを開けたりしたいものなのである。
そして、逆に「お前らは私をお姫様扱いするのが仕事なのよ。」と顔に書いて
あるような方々。お礼のひとつも言えないような女に開けるドアは無いのもこれまた事実。

何が言いたいかというと、レディファーストという行為がなりたつとき、
それをする側の気遣い、優しさ、心意気も当然大事なのではあるが、
される側のふるまいや態度、日頃の行いというのも重要な構成要素であって、
それらが共存する場合にのみ、期待される行為は気持よく行われるということである。

男から見た言い分だからものすごい反論はありそうなものだが、
それを自分に関しては無条件に発生するものと解釈している港女が多すぎるが故に
彼女たちの周辺数mのレディファースト事情はカオス化している気がする。

隣に座っている宦官にも責任はあろう

それから、港女といつもセットになって行動する相方の宦官にも責任はある。

「このやろっ、可愛いやつだな。」っていう領域ははるか超越している、
常軌を逸した自分の女の行動。そんなのきちんと責任をもって教育することが
愛であって、ましてや代わりに謝ってやるなんて公共の場では罪である。
(冒頭のカップル、事あるごとに本人からでなく、何故か宦官から詫びが入った)

たしかに包容力は男性にとってなくてはならないものだとは言えるけれど、
それを包容力と言えるかどうかがまずは疑問であるし、余生全てをこれに
費やせるというのはかなりの道楽家か、生粋のMだとしか考えられない。

港女が最初に生まれてしまったから、こんな宦官どもが生まれてしまったのか、
それとももともと宦官がいたから港女が生まれたのか。
はたまた旧宗主のイギリス紳士がよっぽど八方美人に女性をくどいていたのか。

私にとっては見当もつかないし、別に追求したい問題でもないのだけれど、
こういう男たちがエンドレスな港女伝説を助長している事実も否めないだろう。

ただ、昨今の決断力のない男たちにとっては、いつも港女のいうことを
ハイハイ聞いていればよいだけの他人が決めてくれる人生というのは
実は願ってもないライフスタイルであって、それは相互依存なのかもしれないが。

港女という言葉の本当の意味

以前、香港ライフファイルでも港女について書いた。(私の港女論

しかし、一方で私は港女という言葉、濫用されているのではないかとも思っている。
実際、香港旅行なんかに来たって、そんな言うほど港女っている?
っていうのが日本人にとっての実感ではないだろうか?

MTRやバスの中で拡声器でも使ってんじゃないかくらいに大声で話す女性たち。
あれは、気をつけてみればどこの国にも存在するような一般的な女性層。
日本だって新幹線に乗っていて、大阪あたりでいっぱい乗ってくるような
おばさんたちは大体似たり寄ったりな習性を見せる。

私の「港女」の解釈を言えば、全ての香港人女性=「港女」では決してない。
むしろ、そのなかのほんの一握りだけが、狭義の意味でのそれであって、
残りのほとんどの女性たちはきちんと常識を持っていて、我慢強くふるまえる
女性たち。口数少ない子だっているし、よく喋る子でも実はシャイだったりもする。

オフィスの中でも、男性に負けないくらいにバリバリと仕事をこなすし、
街を歩いていても夜遅くまでの肉体労働をする女性を見ることができるが、
初めて香港来た時なんて、「女性がこんなに働いてええの?」
って思ったくらいに香港労働市場は女性が活躍する世界で、彼女たちも強かに生きている。
そこらへんの根性と忍耐力はまさに筋金入りと言えるだろう。

そんな中、たまに港女要素を120%凝縮したような刺激的な人がやってきては
常人ではなかなか理解できない類の世界を繰り広げてしまうから
私たちはほとほとに困り切って、「これだから港女は・・・」という具合に
なってしまうのが実際のところではないかと思っている。

(Visited 1,102 times, 1 visits today)

この記事を書いたライターさん : HKLF

HKLF
Cha Siu Baau編集係。偏見に満ちた愛と独断で香港をぶった切る異色ウェブサイト「香港ライフファイル」著者でもあったりします。

コメントをする

email addressは表示されません。 必須記入項目 *

*