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野球小僧は台湾の夢を見る

野球小僧は台湾の夢を見る

香港は……狭い!
しかしその狭さをただ嘆いても何も解決しません。
ならばどうするかと言うと、階層を作るしかありません。
必然的にマンションはどんどん高層になって行きます。
ベランダが狭くて物干し竿が横に渡せなくてもなんのその、
縦にして空中に突き出してしまえばいいんです。

物干し竿

ちょっと思い出しました。
家の近辺をてくてく売り歩いていた竿竹屋さんの声は凄かった。
なにしろ肉声で20階まで届くんですから。
トラックに乗って拡声器でテープを流すのとは気合の入り方が違うのです。

ここ10年くらいで日本でも高層マンションといえば20階や30階なんて当たり前になりましたが、
香港には地震らしい地震がないこともあり、40年以上も前からいくつも建てられていました。

しかし、それでも解決出来ない問題があります。
それは、運動場

私は香港に着いてから日本人学校小学部へ通うようになりましたが、運動場がなにしろ狭い。
どちらかと言うとインドア派で外で球技なんぞ一切やらない私ですが、
見た瞬間「狭!」と思ったものです。
ですから、日本人学校では体育の授業は晴れていても体育館で行うことがありましたし、
球技を行うときは「上のグランド」と呼んでいた学校の裏山をちょっと登ったところ
(黃泥涌峽道の脇)にある運動場に行かなくてはなりませんでした。

もっとも運動場が狭いのは日本人学校に限ったことではなく、
当地の多くの小中学校がまともなグランドを持っておらず、
香港の子供たちはあまり運動する習慣は持っていないように見えました。
もしかしたら、運動するくらいなら働け!と親から言われていたかもしれません。
1971年までは義務教育すら無く、ほとんどの小学校は午前と午後で児童が
入れ替わる半日制授業でしたから。

運動会はどうするんでしょう?
運動会はアバディーンのスポーツグランドを借りて行います。
細かいゴムを敷き詰めた立派なトラックもあり、マラソン大会もここでした。
余談ですが、運動会の練習をここで行っていて、ある日強風にも関わらず練習していたら
あとでシグナル3が出ていたと知り、先生が冷や汗をかいたなんてこともありました。

グランドは狭くてもプールはちゃんと25メートル、確か5レーンくらいの大きさがあって、
夏はほとんどプールで泳ぐ!屋根付きなので(といっても壁はなく吹きさらし)
雨でもプールで泳ぐ!少々寒くてもプールで泳ぐ!6月からプールで泳ぐ!
9月までプールで泳ぐ!台風が来ない限りプールで泳ぐ!とにかく泳ぐ!
シーズンオフは水を抜いて、変則ドッジボール場として利用していました。

私は運動しなくても平気だったのですが、そうではない多くの男子児童はそうは行きません。
みんな外で身体を動かしたくてたまらないんです。特に野球

今でこそサッカーにその地位を脅かされている野球ですが、
当時の日本ではスポーツと言えばほぼ野球一択です。
よって、子供のスポーツと言えばまず野球。寝てもさめても野球。

しかしいくら狭い香港とはいえ、例えば九龍側の児童が一人で香港島側に渡って
友達と草野球というのは、治安の問題もありあまり勧められません。
香港にはプロ野球がないので、テレビの中継もありません。
日本にいればほぼ毎日見られるのに……。これは野球小僧には結構きついものがあります。

やりたいんですよね、野球。

では、香港で野球をやるにはどうするか?
リトルリーグに入るのです。

リトルリーグというのはただの草野球チームではなく、アメリカに本部がある国際組織で、
年齢など結構細かい規則がきちんと決まっています。参加者の国籍は不問ですから、
香港のリトルリーグには日本人学校の児童が何人も参加していました。

国籍不問とはいえ、本来はインターナショナル校などのアメリカ人児童主体のチームです。
イギリス人はというと…、野球よりサッカー、クリケット。
文化の違いですね。参加者は多くなかったようです。

なにしろ自分は入っていませんからチーム名はほとんど覚えていませんが、
GI’sとかCardinalsとかいかにもアメリカ~ンな名前が多かったような。
もともとアメリカ人児童のために作ったということがよくわかります。

チーム構成は年齢別にマイナーリーグ、メジャーリーグ、シニアリーグの三クラスがあり、
当時の私の年齢だとメジャーリーグになります。
それぞれのクラスに偶数のチームがあるのですが、どこのチームに入るかの決定権は
リトルリーグ側にあり、その結果仲の良い友達と敵同士になったり、
学校で別のクラスの友達がチームメイトになったりするのです。

そんなわけで学校にチームの野球帽(全チーム共通で色だけ違う)を被ってくる児童は
何人かいて、時おり野球の話をしていました。
打率よりホームランを何本打つかが関心事のようでした。

さて、そのリトルリーグで優秀な成績を収めた児童にはごほうびが待っています。
海外遠征試合です。当時は台湾遠征に行っていました。
先述のようにリトルリーグは世界的な組織ですから、最終的には各国の代表が競い合います。
遠征チームは優勝チームだけということではなく、成績の良い選手が選抜されます。

すると、まるで日本チームであるかのように日本人主体の編成になります。
つまり成績優秀な児童が多かったということ。
日本人主体でアメリカ人らがチラホラ混じるチームは当時珍しく、
他チームからはなかなか面白い構成と思われていたようです。

ほかの地域では、こんなに日本人が集まっちゃうチームはなかったんですね。
国土の広い国では日本人児童の絶対数は多くても、一つの都市のチームに全員が
集中することはなくバラけますから。
(もちろん選抜されるかは児童の実力の問題が一番大きいですが…)
香港はやっぱり狭い。

香港リトルリーグ自体は今でも健在のようですが、最近はチームが
国籍別になってしまっているらしく、せっかくの異文化(外国人)との付き合いが
やや希薄になっているようでちょっと残念です。
同じチームに言葉がほとんど通じない仲間がいる、って結構貴重な体験だと思うんですけどね。
カタコトでも身振り手振りでも、自分で何とかしなきゃならないんですから。
香港のみならず日本人学校がある地域は、現地の子供と交流する機会が少ないですからね。

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この記事を書いたライターさん : Shin-EI

Shin-EI
昔むかし香港で暮らした経験がある日本人。乗り物とCDとカセットテープが大好き。

2 コメント

  1. こういうお話いいです!ノスタルジック\(^o^)/

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