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再見!亞洲電視

4月1日と言えば誰でも知っているエイプリルフール。
しかし、ここCha-siu-baauをチェックしている人の中には、
張國榮の命日として覚えている人が多数いるであろうことは想像に難くありません。
あれは本当に悲しいニュースだったのですが、未だに亡くなったことが信じられないんです。
まだ生きているような気がするのは私だけ?

そして2015年4月1日には新たに死を宣告されてしまったモノが…。
それはAsia Television(ATV)亞洲電視。
前身のRediffusion Television (RTV)麗的電視時代から数えて58年。
閉鎖の理由は「放送免許の更新不可」という救いようのない最悪の結末でした。

私は去年、ATV社員への賃金未払いが発覚した時に
「今度は誰が資金を出すんだろう?」
などと悠長に考えていたんですが、結果このザマです。
どうも今のオーナー(親中派)が民主派系の資金提供を嫌がったらしく、
資金のショート以外にも以前からいろいろ物議を醸した局なので、
政府からもはや存続に値しない局であると判断されてしました。
局のオーナーの本音は「ワシの思い通りにならないんなら後はどうなっても知らんもんね」
と言うことなんですねぇ。なんという無責任。
2013年にはATV創立56周年記念のロゴ「56」が「死」に見えるとして話題にもなりました。
終わりを予期していたかの如く。

SHINEI1

出典:明報オンライン

「死」に見える?

さて、私なんかがごちゃごちゃ書くより、閉鎖の経緯を
一番分かりやすく書いてあるのがここのブログ

(注:本文中にはRTHK香港電台の記述がありませんが、
公営放送なので省いているものと思われます)

実は地上波が閉鎖されるのはこれが初めてではありません。
1978年8月にはCommercial Television(CTV)佳藝電視が突然倒産したのですが、
この時の事は未だによく覚えています。

以前にも書いたとおり、私は小5の夏休みに香港に引っ越し、
学校も宿題もないのをいい事にテレビばかり見ていました。
吹き替えされた日本の番組が見切れないほど放送されていて、
新しく見つけるたびに「おおっ!」と思っていたんです。
アニメやウルトラマンみたいな子供向けの特撮のみならずドラマの放送量も半端ではなく、
私の感覚ではドラマの半分くらいは日本製に感じられました。
TV timesという英字の番組ガイドを購読していたので、
番組名のローマ字を読めば日本の番組と推測がつくんですね。
「EDO WO KIRU」なんて、時代劇を香港人が見るんだろうかと不思議に思いましたが、
実は座頭市や子連れ狼、木枯らし紋次郎などの時代劇が結構人気がありました。
スクールバスの運ちゃんがバスのオーディオで子連れ狼のテーマ
(但し鄭少秋が唄った広東語カバー)のテープを流したこともあるくらいです。

そのうち見る番組も固まってきて、RTV第一台を見ることがほとんどになってきました。
CTVは広東語放送のみだったのですが、ゴールデンタイムにあまり面白い番組がなかったので、
私がCTVで見たことがあるのは確か「大鉄人17」だけではなかったかと思います。

ところがですよ。ある日突然TV timesの番組表から「CTV」が消えているではありませんか。
先週のTV timesを引っ張り出すとCTVはちゃんと載っています。
私は英語が読めないので番組表しか見なかったのですが、
恐らく記事中にはCTV倒産のニュースが載っていたはずです。

そんなのアリか?

テレビ局まるまる一つが突然無くなるって経験あります?
日本に住んでいたら絶対ありえないですよね。
小5の子供には理解不能な衝撃でした。

ちなみに「大鉄人17」は見られなくなったのかと思いきや、
その後RTVで見られることになったんです。あれ?

CTVは意欲的なテレビ局で、最後発ゆえの不利な条件を飲まされながらも、
視聴率はそこそこ良かったらしいのです。
倒産後、路頭に迷うところだったクルーたちが人材難に悩むRTVに続々と入社したため、
RTVはその後黄金期を迎えることになります。

さて、なぜCTVは倒産したのか?1989年の話ですが、香港人で日本のテレビ番組を
買い付けているJohn . S. K. Chan氏の講演に参加する機会がありました。
帰りの地下鉄で偶然方向が一緒になったので、CTVがある程度の成功を収めたにも関わらず
なぜ倒産してしまったか、直接聞いてみたんです。
するとまず「それは大変難しい問題です」と言われましたが、
最終的には資金不足に陥ったからだとのことでした。
政治的な問題では?と聞いたところ「それはありません」とはっきり言われました。

Wikipediaによると、1978年7月に視聴率急増を狙って人件費を始めかなりのコストを掛けて
(TVBからクルーを引き抜いたりして)攻勢をかけた、ということですが、
逆に視聴率は伸びず急速に資金繰りが悪化したと書かれています。
これは私の憶測ですが、経営陣は良いスポンサーを見つけてじっくりと良質な番組を
作ることを望んでいたのだと思います。
しかし、視聴率の一足飛びなアップを望む株主には逆らえず、
大量の資金手当てにも関わらず視聴率が下がったのでスポンサーが離れ資金は細る、
経営のモチベーションは下がる、で、あっという間に倒産、というのが私の説。
もちろん本当のところは当時の社員に聞かなければ分かりませんが。

RTVの話に戻ります。
そんなわけで、私がRTVを見ていた頃はちょうど視聴率が上向き始めた時期なので、
RTV制作のドラマには秀作が少なくありません。
武侠劇「天蠶變」はマンネリ化しつつあったTVB「歡樂今宵」を初めて視聴率で
上回った番組であり、現代劇は變色龍,新變色龍,人在江湖などを次々に送り出し
(但し「大白鯊」は大コケ)、19時開始のドラマ「大地恩情」三部作は裏番組の
「輪流傳」をTVB史上初の途中打ち切りに追い込むまでになりました。

出典:Wikipedia

出典:Wikipedia

私の記憶の中では大地恩情の最終編「金山夢」は、恐らく最初の1~2回しか
見なかったにも関わらず、未だに冒頭のシーンを思い出すことが出来ます。
つまりそれだけ印象が強かったと言うことです。
日本人のしかも子供時代の私でさえ覚えているのですから、
香港人にはどれだけインパクトがあったか、推して知るべしですね。
私はこのドラマを見たことによって香港人のみならず中国人、
特に広東人がどれだけつらい歴史を背負っているか考えさせられ、
同じアジア人として共感を覚えたんです。
これで私の人生が決まりました。

問題はその後です。
1981年に英国の親会社が投資の失敗で危機に陥ると、RTVを手放してしまいました。
私はRTV身売りの直前に帰国してしまい、ATV誕生の瞬間を見ていません。
というより身売りしたことを知らず、後になって日本のテレビが香港の特集番組で
「香港の放送局」を「RTV」ではなく「ATV」と紹介していたことにビックリしたのです。
思えばこれがターニングポイントだったのかな、と思います。
これ以降、特に1988年あたりから株主と経営陣の入れ替わりが頻繁になりました。
これで経営の安定が望めるわけはないですよね。

さて、どこにも紹介する場所も機会がないのでここに載せますのは、
1979年頃まで番組の合間に流れていたRTV宣伝ソング♪

(黎小田曲 田后才詞)
排排坐,
睇麗的,
一家大細都合適,
全日播,
節目多,
喜氣洋洋陪住你

(音程、矢印はオクターブ)
ソ↓ソ↓ド
ファ ミ レ ミ
ド↑ド↑ミ ソ ラ ソ ミ ソ
ラ シ ド↑
ド↑ラ レ↑
ミ↑レ↑ド↑シ ラ ソ
ラ シ ド↑

楽しそう。もう一度聞きたいなあ。
黎小田って仕事選ばないのね。いや、選んでたら食えないか。

もちろんTVBにも宣伝ソングはありましたが、残念、資料がない!
誰か持ってませんか?……いるわけないか。

ATV閉鎖までにはまだ時間がありますが、閉鎖後の地上波はTVBの独占になるわけで、
これは大変問題だと思います。マスコミの独占なんていい事はひとつもないのに。
ますます「CCTVB」化に拍車がかかってしまうのか…?
日本でもこんなことが起きませんように…。
(あ、どうせテレビ見ないんだった)

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この記事を書いたライターさん : Shin-EI

Shin-EI
昔むかし香港で暮らした経験がある日本人。乗り物とCDとカセットテープが大好き。

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