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もう一度さよなら~中華巴士

もう一度さよなら~中華巴士

(カバー写真および文中写真はすべて中華巴士紀念館より)

多くの香港人と古くからの香港迷にとって、すでに忘却の彼方にある中華巴士China Motor Bus。

そして、今や「中華巴士?なにそれ?」という香港迷のほうが多いのかもしれません。

中華巴士というのは、新世界第一巴士(新巴)の前身の会社です。1933年、中巴は香港島を走る路線バスの独占営業権を獲得し、営業運行を開始しました。同時に九龍巴士(九巴)は九龍と新界の独占営業権を獲得しています。
つまり、当時の路線バスは2社体制で地域の住み分けが出来ていたんです。
現在は城巴などバス会社数社がひしめく仁義なき状態になっています。

昔の香港島のバスってこんなのでした。覚えている人いますか?(写真はショートボディ)
CHINA MOTOR

ボディの左前部(ボンネット)がペコッと凹んでいるタイプ。昔はこれが多かった。
なにしろ運転席の脇にエンジンがあるので、めちゃくちゃ暑いんです。運転手はタンクトップにサンダル、運転席側のドア(スライド式)を開けたまま走っていました。
当然乗客も暑い!

1979年に地下鉄が出来てから、中巴の経営は徐々に悪化し始めます。地下鉄の路線は、中巴のドル箱路線とちょうど重なっていたんですね。独占事業にあぐらをかいていられたのが、競争相手の出現でサービスの低下が指摘されるようになり、対応を迫られることになりました。
しかし、冷房バスの導入が遅れる、オクトパスの導入を渋る、運転手が賃金カットに抗議してストを起こすなど、評判は下がる一方。

苦情の多発に香港政庁も黙って見ていられなくなり、1991年には路線の一部の運行免許を取り消し、それまで主に貸し切り及び観光バスを運行していた城巴に運行許可を出します。城巴は路線バス事業参入のために最新のエアコンバスを購入したので、中巴の老朽バスとの格差は著しいものになりました。

城巴の最初期のバス、1979年頃導入した車両。もちろんエアコンなし。この写真は貴重です。
CHINA MOTOR

このバス、黃泥涌峽道を走る姿が日本人学校の窓から時折見られました。
城巴ってどこのバスなんだろう?と思いながら。
電話番号に市外局番が書いてあるのが懐かしい。

中巴はその後も路線を城巴に次々に持っていかれ、最終的にはすべての路線運行を香港政庁によって拒否されました。1998年9月、最後まで残っていた88路線は、競争入札で権利を獲得した新巴に引き継ぐことになりました。
さよなら中巴。

新巴に譲渡されたバスの写真。これは中巴で一番台数が多かったリアエンジン車で、私が一番よく乗ったタイプです。さすがにこの頃にはフロントエンジン車はすべて廃車になっています。これが、
CHINA MOTOR

こうなった!
CHINA MOTOR

って一緒じゃん…。
実はChina Motor Busのロゴを新巴のステッカーで隠しただけ。塗装が間に合わなかったんですね。でも「一切從新開始!」にはそれなりのやる気が感じられます。
ちなみに、トミカで「ロンドンバス」として発売されていたのがこのリアエンジン車でした。

さて、バスと運転手を失った中巴はそれからどうなったかというと…、

不動産デベロッパーになっていました!
しかし、「中華汽車有限公司」って名称で存続しているのは如何なものか。

北角に「港運城」というマンション、オフィス、ショッピングセンターの複合ビルがありますが、そこはかつて中巴の北角オフィスと工場があった場所です。遊休地になってしまったので再開発してビルを建てたんですね。そして、港運城と北角政府合署の間を運行している無料シャトルバスが、現在も残る中巴唯一の路線です。乗ったことある人いますか?

しかしそのシャトルバスが、今年の6月30日付でついに運行停止と決まりました。

運行停止のお知らせ。
CHINA MOTOR

運行中のシャトルバス。
CHINA MOTOR

これで、名実ともに「中華汽車有限公司」はバス事業から撤退することになります。
日本ではほとんど知られていないしおそらく見向きもされないトピックですが、香港の巴士迷の間ではかなり話題になっていて、ついに来る時が来たか、という感じです。

中巴、もう7月からは見られないんですねぇ。
私が最初に乗った中巴は1979年、路線は25番。リアエンジンの新型でした。寶馬山から雲景道へ、坂を降りて来るときのあのスピードと、ディーゼルエンジンの低音がお腹から全身にズーンと響いたのを今でも覚えています。中環まで50セント。安かったけど、乗車距離が長くても短くても料金の差があまり無いので、ちょっと釈然としなかった。
実は老朽化したフロントエンジンのバスが一番好きでした。ラジーエータグリルの上にインディアンのオーナメントが取り付けてあるタイプ。リアのウインカーは矢印になっていたのが、なんともユーモラスに感じられました。

最後に乗ったのは1996年頃だったかな。すでに周りは城巴だらけになっていたような。
そして、今度こそ本当のさよならです。

バスに関してはいろいろ書きたいこともあるんですが、マニアックな内容になってしまうのでこの辺で止めておきましょう。

でもそのうち書くかも。

もしマニアックな古いバスの情報をお望みでしたら、こちらをご覧ください。古いバスを調べるのにはここが一番です。
中華巴士紀念館 China Motor Bus Memorial Page

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この記事を書いたライターさん : Shin-EI

Shin-EI
昔むかし香港で暮らした経験がある日本人。乗り物とCDとカセットテープが大好き。

8 コメント

  1. 中巴がまだ細々と運行していたとは、昨今のこのニュースで知り、びっくりしています。
    私は香港仔に住んでましたので、中巴はよく利用していました。というか、乗らざるを得なかったと(笑)。
    城巴はずでに全車冷房だったので、快適でしたが、中巴だと8割の確率で非冷房車にあたってしまいます。おまけに良く揺れるし。ただ、車種がとにかく豊富で、この写真の車両は下車ドアが4枚に折りたたまれるんですよね、効率悪いですけど(笑)。また、停車中にファンが動いて送風される車種もありました。石澳へ行くバスは、まだ「プチボンネット」(半分だけボンネット)の車両が走っていて、それはたしか宵箕灣~石澳だけだったと思いますが、今から思えば、なぜ写真撮っておかなかったんだろうという面白車種の宝庫でした、中巴は。

  2. Shin-EI

    九巴も中巴も「イギリスのバスを購入する」という条件で独占営業権を獲得しました。しかし九巴の方が明らかに台数が多いにも関わらず、バスの種類は中巴のほうがむしろバラエティに富んでいました。
    例の半分ボンネットのタイプはGuy Arab markVという車種ですが、標準ボディ、ミドルボディ、ショートボディ、低床ショートボディがあり、中でも標準ボディ車は傷んだボディを載せ買えて30年も使った車もありました。これが冷房車の導入遅れにつながった遠因ではないかと思います。
    他にも中古車を購入したり、インドのバス(親会社は英Leyland)を試験走行させたりと試行錯誤の跡が伺えます。

  3. あの「運行停止のお知らせ」は、パロディーです。”Ching Motor Bus 改圖”が写ります。
    実際のお知らせは
    http://hkbus.wikia.com/wiki/Image:CMB_Shuttle_Cessation_Notice.jpg

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