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翻唱天堂廣播臺2

前回紹介した薰妮の「故郷的雨」は香港中でヒットしたのですが、「北国の春」のカバー曲としては鄧麗君の「我和你」(北京語)などと共に、アジアで最も早くリリースされた部類に入ります。これ以降中国及び東南アジア一帯にそれぞれの地域言語で広まって行きました。

この頃からテープの品質が少しづつ良くなってきた感じですし、バックのオーケストラも少しは聴けるようになって来ました。以前はアマチュアの学生バンドみたいな演奏で、素人が聴いてもお世辞にも上手いとは言い難かったんですが、レコード会社(永恆唱片)はコレでさぞかし儲けたんでしょうなぁ。

しかし、薰妮のヒット曲はこれが最初ではありません。「每當變幻時」というこれまたカバーのヒット曲があるのです。実はこちらがデビュー作です。

翻唱天堂廣播臺2

薰妮「每當變幻時」※この動画は昔の香港満載でいいですね。しかも字幕付き!

さて、元歌はといいますと…

渡辺はま子「サヨンの鐘」

戦時歌謡じゃん…。
歌手は渡辺はま子以外に胡美芳、李香蘭なども歌っています。

「每當變幻時」は香港では完全にスタンダード歌謡扱いになっています。薰妮以外に歌っているのは、大陸の歌手も含めると

譚詠麟、許冠英、張偉文、鄧瑞霞、袁麗嫦、舒雅頌、區瑞強、鄭錦昌、葉麗儀、楊千嬅、施金蓮、李安棋、如夢、呂珊、夢蓓蕾、王浩、古璿、李躍君、劉珺兒、劉亮鷺、劉錫明、紅蘋果女子合唱組、羅樺、楊千嬅、曾航生、張慧
恐らくまだ他にもいるでしょうね。
戦時中は台湾などでも流行った曲なので、あまり日本の曲として認識されていないのかもしれません。SNSなどにアップロードされているのを見かけることがありますが、「それサヨンの鐘だから」とコメント(突っ込みかも)を入れるとアップ主に驚かれたりします。

さらに、この曲のパロディ「每當晚飯時」まであります。歌詞は基本的にダジャレと考えてよいでしょう。

歌手は大AL(本名は張武孝ですが大ALの方が通りがいい)。別にパロディ専業の歌手ではありませんよ。香港のロッド・スチュワートと称されていますがホントかね。この人も日本のカバー曲がいくつかあります。

「每當變幻時」は同名のアルバムA面一曲目に入っています。このアルバムは薰妮と馮偉棠の二人がほぼ半分づつ歌うという、日本ではあまり見かけない構成です(一曲だけデュエットもあります)。カセットのジャケット写真は薰妮しか写っていないのでこちらをメインとして売っているようですが、実際のソロ曲数は馮偉棠の方が一曲多いのはなぜだろう?

そしてやっぱりカバーだらけ。油断出来ないな。

A2在你與我之間(馮偉棠)→ 西岡たかし「上野市」

A3盡興今宵(薰妮)→ 桜田淳子「はじめての出来事」

※ 華娃及び樂家姊妹(リンリンランラン)の「與你歡笑」も異詞同曲
華娃「與你歡笑」

A4飲杯飲杯飲杯勝(デュエット)→ 原曲不明 ネットで見つけた資料では作曲者名が「Dennis Lambert / Brian Potter」になっていますが、残念ながら詳細不明。

A5人生多變幻(馮偉棠)→ 映画「飛渡捲雲山」(ヤング・ボディガード/飛龍神拳)テーマ曲 この映画は成龍マニアにしか知られていないかな?

A6珍惜好時光(馮偉棠)→ ポール・アンカ「Times Of Your Life」

※ 徐小鳳版もあり

B1飄零夢(馮偉棠)→ かぐや姫「赤ちょうちん」

B2回頭望(薰妮)→ しまざき由理「追想」(Gmen75エンディングテーマ)

B3遺言(馮偉棠)→ ピーター・ポール&マリー「Monday morning」

B4愛的呼喚(薰妮)→ 山口百恵「夢先案内人」

※ 陳秀雯「青春夢裏人」、關菊英「姐姐不嫁我要嫁」、吳國敬「夢仙」も異詞同曲
陳秀雯「青春夢裏人」

B5天賜良緣(馮偉棠)→ ダスティ・スプリングフィールド「二人だけのデート(I only want to be with you)」この頃はベイシティローラーズ版のカバーが流行っていたのでそちらから取ったものか?

B6初初相識(薰妮)→ ほりえみつこ(堀江美都子)「いっしょに小石を拾いませんか」

※ 關菊英「愛情的力量」、何家慧「光陰飄忽過」も異詞同曲
關菊英「愛情的力量」

ご覧の通りです。結局全曲カバーでした。
このアルバムには、歌詞カードに作曲者の名前がひとつも書いていないので、カバーと判定するのに苦労しました。
例えば日本であまりメジャーとはいえない「いっしょに小石を拾いませんか」なんて、どうして知っているのだろうと疑問でしたが、この曲はテレビドラマの主題歌だったんですね。

ところでこの薰妮という歌手は、アルバムはベスト盤も含め20枚近く出しています。知っている限りではそのアルバムすべてに必ず日本のカバー曲が入っていて、その数はざっと30数曲。比較的多いほうだと思います。
彼女はデビュー以来(1976年頃?)ずっと香港で活動していたのですが、1981年に来日して東京音楽学院福岡校(福岡にお姉さんがいたそうな)に一年半ほど留学しています。勉強で忙しくても香港での歌手生活に比べれば余裕があり、制約があってできなかったいろいろなスポーツを楽しんでいます。また、音楽のほかに日本舞踊も習っています。楽しい日々だったようです。

今は引退してトロントに住んでいるのですが、数年前に全身性エリテマトーデスを発症してあまり体調は良くないようです。残念ながら完治しない病気なので、気の毒としか言いようがありません。何とかならないものか。

そして当然ですがカバー曲は薰妮だけではないのです。カバー曲探しの旅はまだまだ道半ば、いや、一生かかっても終わらないな…。

もしどなたか微博のアカウントをお持ちであれば、こちらも覗いてみてください。

 

次回気が向いたときに続く…。

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この記事を書いたライターさん : Shin-EI

Shin-EI
昔むかし香港で暮らした経験がある日本人。乗り物とCDとカセットテープが大好き。

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