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花火は上がったけれど

花火は上がったけれど

香港に新年がやってきた。
オフィスは当然、シャットダウンされているのだが、不幸にもこの時期は私の部署にとって繁忙期真っ只中。香港人が休む中、一人毎日オフィスでエクセルに向かう情けない自分を想像していた。
ところが。旧正月前の呆れるほど慌しかった一週間が過ぎさると、驚くべきことに目の前から仕事が雲散霧消。2月5日の夕方5時、翌日から5連休になることが完全に確定した。
今回は一切事前準備をしていないので、おとなしく、旧正月の香港を満喫することに。
といっても、、
友達も香港にほぼおらず、街も静まり返っている旧正月。
私は散らかった家を片付けてみたり、行き忘れそうになっていた写真展にはるばるHKUまで出かけてみたり、香港人に倣ってお金が儲かるように車公廟で煙にまみれて神頼み、などと、基本的に静かに過ごしていた。
そんな、だらだら旧正月を過ごしていた私を叩き起こすようなニュース。

 

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なんだか一気に香港が、ただの中国の一地方都市になっていくような気がしてしまった。
私は、残念ながら、そこそこの中国アレルギー。
中国の国境を越える朝は憂鬱で、香港に帰れる日はご機嫌。
中国に滞在している間の日用品は、可能な限り香港から毎週持参。かつ、一度中国に持っていったものは、香港には戻さない。
簡体字と呼ばれる中国の文字もどうにもいけ好かない。
どうでも良いことに、香港のお札も、中国銀行発行のものから順に消費するように心がけているほど。
香港だから気軽にやってきたけれど、これが中国への転勤だったら、残念ながらお断りしていたように思う。今時は、上海なんかだと、エリアによっては香港島と同じような雰囲気と聞くけれど、私のマインドセット的に、そんなところで暮らすなんて、絶対に無理。
香港は、確かに中国の一部ではあるけれど、イギリス流の法制度のもと、自由な言論と経済活動が許されているところ。街にも随所にイギリスの雰囲気が残る、というのが私のイメージであり、実際に香港島に行けば、私は誇張じゃなくそれを感じる。
ところが今度の騒ぎはどうだろう。
警官を取り囲んで、レンガやゴミ箱を投げつける市民。挙げ句の果てには街のあちこちで火の手が上がり、翌朝はタクシーが壊され、MTRは駅を通過する有様であるから、Mong Kokの住民にとってはただのいい迷惑であった。
だが、もっとなのは、理由はいろいろあるにしても、Mong Kokの街中で発砲する警官である。外国に伝わるのは、「香港で暴動、警官が発砲。」これだけである。
香港にとっては明らかなイメージダウン。
民主派本屋の店主が、なぜか香港IDを置いたまま、「自主的に」中国に居て、昔の罪を告白しているところに、この暴動である。
私など、香港はもう不可逆的に、ちょっと金融が盛んで大きい港がある中国の街、になることが決定したように思えてしまった。
まぁ、実際には、そんなことは香港返還の時点から決まっていたのかもしれないけれど。
来たばかりの香港が、あっという間に変わってしまう、少なくとも、変わりつつあるのを強制的に受け入れなければならないのを、無理やり理解しながら、私は香港での初めての旧正月を迎えることになったのであった。

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それでも新年の花火はヴィクトリアハーバーに打ち上がり、香港人は「わあー」と歓声をあげる。初めて香港で花火を見たが、「とにかく打ちまくっておけ」と言わんばかりのたった20分での花火の空への集中放火と、イベント終了後の香港人の猛烈な勢いでの撤収には、ただただ唖然としたばかりであった。
こんなつっこみどころ溢れる街が、いつまでもありますように。

 

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この記事を書いたライターさん : hiro

hiro
香港に住みつつ、中国との間を行き来しながら日々を過ごす日本人。まだきょろきょろしながら香港をよちよち歩いています。

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