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平民夜總會 Poor man’s night clubに想いを馳せる日本人もいるのです

平民夜總會 Poor man’s night clubに想いを馳せる日本人もいるのです

(Cover photo : 西環的黃金歲月)

「平民夜總會」って聞いたことありますか?

その昔、上環・新填地(別名「大笪地」)にありました。具体的に言うと昔のマカオフェリー埠頭の近くで、現在のフェリー埠頭よりもう少し西寄りです。

そこがどんなエリアかと言うと、まぁ廟街の香港島版みたいな夜市です。ちなみに廟街の事を平民夜總會と呼ぶ人もいます。
当時香港島にはここのほかに修頓遊樂場にも同じようなスタイルの夜市があったようなのですが、在住日本人には知られておらず、平民夜總會と言えば新填地なのでした。
旅行ガイドブックには必ず観光名所として記載されていて、空港でもらえる地図にも載っていたほどです。

小学生だった私は2、3回しか行った事はなかったのですが、当時はよく賑わっていました。
スリに注意するように言われていましたので、小銭はポケットに入れずに靴の中に隠していました。しかし実際は半ズボンを穿いた若いおまわりさんが何人も目を光らせていて、とてもスリが逃げ切れそうな雰囲気はありませんでした。
でも何故かパクリブランド品は取り締まらないんですよね~。時計ならOMEGOとかORIENとか、音響機器ならPionterとか、子供でもすぐにわかるお粗末な代物でした。

私が行った事がある1978~80年頃にはまだ隆盛を誇っていたものの、80年代以降はすっかり観光地化(≒衰退化)し徐々に規模が縮小され、バスターミナルなど再開発が決まった事もあり1992年にはその役割を終えました。

その後、2002年9月に中區海旁警署付近に場所を変え、いったん再開されます。デベロッパーが3,240,000ドルを出資し、政府の土地をリースしたのです。

地政總署の記録(短期租約編號第NHX 654號)
http://www.landsd.gov.hk/tc/stt/2002q2.htm

当時のニュース(南方網)
http://big5.southcn.com/gate/big5/news.southcn.com/hktwma/shijing/200208090953.htm

当初は多数の店舗が参加しましたが、高い場所代で運転資金がショートしたらしくあっという間に激減し、わずか一年で閉鎖されてしまいました。

 

そして時は流れ、平民夜總會なんて単語をすっかり忘れていた私の目の前にこんな動画が。
20年以上のブランクもなんのその、場所を変えて平民夜總會復活か?
これ、観た人いますよね!

あれ…?

当時と雰囲気が違うんですけど。

う~む、やっぱり当時のまんまとはいかないか…。カラオケなんて昔はなかったもんな…。
それにまだ時間が早すぎやしない?平民夜總會の真骨頂は夜なので、次回は夜の動画が観たい。

 

さて、上環平民夜總會が元気だった当時の雰囲気はこんな感じ。

まずはYou tube。


BGM:廟街皇子こと尹光「大笪地」

昔の写真も探せば出てきます。但し数は少ないです。
以下の白黒写真は推定60~70年代です。

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以下のカラー写真は70年代中期です。おぼろげながら記憶にあります。

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(写真はすべて曾幾何時的香港 Once upon a time in Hong kongより)

私が調べた限りでは平民夜總會について具体的に言及された文章のうち、目ぼしい資料はきわめて少ないです。あってもほとんどが非常に断片的で、数行で終わっているものばかりです。
今やネットであらゆる情報が手に入る時代なのに、この情報の乏しさは何なんでしょうか?
自分の記憶にしても曖昧なところは否めないのでグーグルで徹底的に調べましたが、やっと見つけてこれは!と思った資料でも、よく実情を表していると感じられた文章はほんのわずかです。
そのわずかな資料のリンクを貼っておきます。

明報online 必要な情報が簡潔にまとまっています。
http://old.mingpaoweekly.com/easyview/content.php?type=2&section=2330&id=1374990700323

博愛醫院八十週年鄧英喜中學 家長通訊(pdf) おそらくこの文章が一番詳しいです。
http://www.pohtyh.edu.hk/parent/parent_newspaper/no12.pdf

残念ながら、香港人の皆さんはかつての平民夜總會をあまりよく覚えていないように感じられます。もし覚えているのなら、もっと色々な文章をネットで発信していると思うのです。特に香港島北側に住んでいた人たちで私と同年代以上なら、多くの人が足を運んだはずなんですが。
香港人の皆さんは、もう当時の平民夜總會に想いを馳せることもないのでしょうか?

今回の記事では写真を随分探しましたが、例えば「和昌大押」などに代表される旧式建築物(いわゆる唐樓など)は古い写真が結構あります。しかし平民夜總會が映っている写真はそう多くはないです。だから文字による記録と記憶が頼りになるのですが、記録が予想以上に残っていなかった。あとは記憶に留めておくしかありませんが、記憶は頭の中で常にアップデートしておかないと薄れる一方です。
平民夜總會はかつての香港の生活を彩った歴史の一部分に間違いありませんから、忘れてしまってはもったいない。

古い建築物が次々と消えてゆくのも寂しいですが、古い記憶が徐々に消えてゆくのも私にとっては寂しいです。

センチメンタル過ぎるかしら。

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この記事を書いたライターさん : Shin-EI

Shin-EI
昔むかし香港で暮らした経験がある日本人。乗り物とCDとカセットテープが大好き。

2 コメント

  1. 素晴らしい‼︎熱い香港、ザ香港って感じですね。今は香港にはこういう場所ないですね

    • Shin-EI

      まさにそうですね!今なら廟街の雰囲気が一番近いと思いますが、あそこの食べ物はレストランのテーブルばかりで純粋な大牌檔はほぼ絶滅しましたからね。魚蛋売っている対面で洋服を売るようなカオスな場所でした。

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